人形佐七捕物帳006
佐七の人情、法をも曲げる大胆さ
「非人の仇討」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳一」）
春陽堂書店
辰と豆六に
連れられてきた雪之丞は、
三日前に起きた
不思議な出来事を語る。
謎の屋敷に迎え入れられ、
薬で眠らされている間に、
一座の誰にも気づかれずに
何者かが舞台で雪之丞の
代役をこなしたのだという。
佐七は事件を予感し…。
人形佐七捕物帳第六話です。
夜遊びの過ぎる辰と豆六に
きつく灸を据えようとした
佐七でしたが、
お粂と朝酒を交わしていたところを
二人に飛び込まれ、
逆に説教されるという珍事から
物語は始まります。
【捕物帳〇〇六｢非人の仇討｣】
金子雪之丞
…湯島の宮川左近一座の女形。
座敷に呼ばれて眠らされるという
不思議な経験を語る。
宮川左近
…宮市座の座長。殺害される。
高利貸しをしていた。
嵐三右衛門
…一座の座員。
雪之丞に続いて眠らされる。
お藤…三右衛門の妹。
弥助…一座の楽屋番の老人。
権三･助十…駕籠舁き。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
辰･豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
谷崎｢秘密｣を連想させる謎の事件
女形の雪之丞が駕籠に乗ると、
その周りには目隠しが施され、
わざと時間をかけて遠回り、
到着した屋敷がどこなのか、
まったく分からないように
してあるという手の込みよう。
これは谷崎潤一郎の｢秘密｣を
彷彿とさせる設定です。
しかし屋敷の中の出来事は
まったく異なります。
逢瀬を楽しむどころか、
酒に仕込まれた薬で眠らされ、
目が覚めると
すでに舞台は終わっている。
舞台を空けてしまったかと危惧すれば、
誰かが人知れず代役をこなしたという
珍事件。
いったい何が起きるやら。
佐七も読み手も
狐につままれたような一件なのです。
本作品の味わいどころ②
さすが佐七その日のうちに即解決
そうこうしているうちに、
今度は同じ手口で
一座の三右衛門が眠らされ、
その間に偽役者が
座長を刺し殺すという事件が
発生するのです。
でも、さすがは佐七、
その日に起きた事件を
その日のうちに見事解決します。
それも突き止めた現場から拾った
一本の爪楊枝から。
｢推理｣ではなくほとんど
｢推測｣なのですが、
江戸時代のことですから
仕方ありません。
本作品の味わいどころ③
佐七の人情、法をも曲げる大胆さ
最後に佐七が
どう人情をはたらかせるか？
それが佐七捕物帳の面白さの一つです。
ところが珍しく
「たとえ非はむこうにあるとも、
天下の法はまずまげられねえ」と、
まさかの厳しい対応。
ところが下手人を
捕縛しようとした先に、
辰と豆六の報告が。
その結果、前言とは打って変わって
大甘採決。
善し悪しはともかくも、
法をも曲げる豪快な人情が、
人形佐七の売り物です。
細かい部分に刺さることなく、
素直に受け止めるのが、
人形佐七捕物帳の正しい読み方です。
夫婦掛け合い漫才から始まって、
人情で終わる。
人形佐七の小気味よい一篇です。
〔谷崎潤一郎｢秘密｣について〕
やはり谷崎の｢秘密｣は
この時代の探偵作家たちに
大きな影響を与えていたのでしょう。
目隠しによって
足どりをくらます手法は、
このあと金田一耕助シリーズの
｢スペードの女王｣などにも
使用されています。
〔｢完本 人形佐七捕物帳一｣
収録作品一覧〕
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵
〔｢完本 人形佐七捕物帳｣について〕
2019年12月から、春陽堂書店より
｢完本 人形佐七捕物帳｣が
全10巻で刊行されました。
佐七シリーズは全180作と
確定したようです。
すべて読破したいと思っていますが、
いつのことになるやら…。
（2018.1.5）
【関連記事：横溝ミステリ】
【今日のさらにお薦め3作品】
【こんな本はいかがですか】
